「がんばれ」は応援のつもりが、プレッシャーになることもある

ことばの力

「がんばれ」って、きっと相手のことを思って出てくる言葉。応援したい、励ましたい、そんな気持ちから自然と口にするものなんだと思います。でも、私はこの言葉に少し距離を感じています。というのも、ある時期から「がんばれ」と言われるたびに、なんだかつらくなってしまったからです。

 

「がんばれ」と言われて、つらかった日のこと

心が沈んでいるとき、すでにいっぱいいっぱいの状態のとき。そんな時期に「がんばれ」と言われると、「まだ足りないのか」と責められているような気がしたことがありました。もちろん、言ってくれた人に悪気はなかったはず。でも私の心には重くのしかかってきたのです。

何も言わずにそばにいてくれるだけで十分だった。そんなふうに感じることが、何度かありました。

 

すでにがんばっている人に、さらに「がんばれ」はきつい

「がんばれ」は、まだ余力がある人には届く言葉かもしれません。でも、もう頑張って頑張って、それでも結果が出ない、出口が見えない。そんな状態の人にとっては、「がんばれ」は追い打ちになることもあります。

たとえば、テストや受験、仕事でミスが続いて自信をなくしていたとき。「がんばれ」と言われるたびに、自分の努力が認められていないような気がして、かえって自信を失っていったのを覚えています。

 

「応援したい」という気持ちが伝わる、別の言葉って?

じゃあ「がんばれ」以外の言葉で、応援することはできないのか?と考えたとき、私はいくつかのやさしい言葉に出会いました。

たとえば、「無理しないでね」「そばにいるよ」「いつでも話を聞くよ」「今日もよくやってるね」。こんな言葉は、心が弱っているときにもすっと入ってくるように思います。必要なのは叱咤激励ではなく、安心と共感だったのかもしれません。

 

「がんばれ」の言葉に迷ったら、ひと呼吸おいて考えてみる

「がんばれ」と言う前に、その人がどんな状態なのかを想像してみる。余裕があるときなのか、それとも今は支えが必要なときなのか。それだけでも、言葉の選び方は変わってくると思います。

言葉に罪はないけれど、使うタイミングや届け方次第で、相手を元気づけることも、傷つけることもある。だからこそ、何気ない一言でも、大切にしたいと感じるのです。

 

自分にも、がんばれと言わなくていい日があっていい

私は、自分に対しても「がんばれ」と言いたくない日があります。むしろ「今日は何もしなくていいよ」とか「休むのも大事」と、自分をゆるすような言葉をかけたい日が増えました。

無理をしない、がんばらない。それを悪いことのように思っていた時期もありました。でも今は、「がんばらなくてもいい時間」が心にとって必要だと感じています。


「がんばれ」は、人を前に進ませる力もあるし、ときに人を押しつぶしてしまう重さもある。だから、誰かを思うときは、言葉を選びながら、そっと寄り添う気持ちを忘れずにいたいですね。

そして、自分に対しても同じように。

今日も、がんばらなくていい時間を、どうか大切に。

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