「失敗したらどうしよう」
「うまくいかなかったらどうしよう」
「嫌なことを言われたらどうしよう」
まだ何も起きていないのに、不安ばかりが大きくなってしまうことはありませんか。
私自身、昔から心配性なところがあります。
大切な予定が近づくと、その何日も前から頭の中でシミュレーションを始めてしまうのです。
でも振り返ってみると、実際に起きたことよりも、「起きるかもしれない」と考えていた時間のほうがつらかったことが少なくありません。
そんなときに思い出すのが、
「案ずるより産むが易し」
ということわざです。
心配している時間が一番苦しいことがある

「案ずるより産むが易し」とは、実際にやってみると、思っていたよりも簡単だったり、うまくいったりすることがあるという意味です。
たとえば、人前で話す予定があるとします。
前日は緊張して眠れず、
- 頭が真っ白になったらどうしよう
- 失敗したら恥ずかしい
- 変に思われたらどうしよう
そんなことばかり考えてしまう。
ところが、いざ本番になると意外と話せたり、周りも思ったほど気にしていなかったりします。
もちろん、すべてがうまくいくわけではありません。
でも、不安の中で想像していた最悪の未来が、そのまま現実になることも意外と少ないものです。
心配性な人ほど真面目で責任感がある
心配しすぎる自分を責めてしまう人もいます。
ですが、心配できるということは、それだけ真剣に向き合っている証拠でもあります。
失敗したくない。
人に迷惑をかけたくない。
きちんとやりたい。
そんな思いがあるからこそ、不安になるのです。
だからまずは、
「心配してしまう自分はダメだ」
と思わなくて大丈夫です。
大切なのは、不安をなくすことではなく、不安と上手につきあうことなのかもしれません。
不安の多くは未来の想像から生まれている

私たちの心配の多くは、今起きていることではなく、未来の想像から生まれています。
まだ起きていないこと。
もしかしたら起きるかもしれないこと。
ひょっとすると起きないかもしれないこと。
そんな未来を頭の中で何度も繰り返し再生してしまうのです。
けれど、未来は誰にもわかりません。
悪い結果だけを予想する必要もないのです。
もし未来がわからないのなら、
「案外なんとかなるかもしれない」
という可能性も同じように残されています。
「案ずるより産むが易し」が教えてくれること

私はこのことわざが好きです。
なぜなら、
「心配するな」
と命令している言葉ではないからです。
人は不安になります。
心配もします。
それは自然なことです。
でも、このことわざは、
「その不安、本当に起きるかどうかはやってみないとわからないよ」
と、そっと教えてくれているような気がします。
無理に前向きになる必要はありません。
ただ、一歩だけ進んでみる。
すると、頭の中で想像していた景色とは違う景色が見えてくることがあります。
まとめ|案じる時間を少し減らして、一歩だけ進んでみる
不安になるのは真剣に向き合っている証拠です。
だから心配性な自分を責める必要はありません。
ただ、不安ばかりに飲み込まれてしまうと、まだ起きていない未来に疲れてしまいます。
そんなときは、
「案ずるより産むが易し」
という言葉を思い出してみてください。
思い切ってやってみたら、思ったより大丈夫だった。
そんな経験を、私たちはきっと何度もしてきたはずです。
今日の不安が消えなくても大丈夫。
まずは一歩だけ。
その先にある現実は、想像していたより優しいかもしれません。

